35歳で第一子を出産、30代後半は二人目不妊を経験するも積極的な不妊治療に踏み込めず悶々とした時間を過ごす。一度流産を経験した後、39歳で二度目の妊娠。体力に不安があったため、今回は無痛分娩を選択。選ぶまでの過程と、実際の出産について綴ろうと思います。まずは第一子の出産から話は始まります。
第一子は自然分娩で出産しましたが、なかなか陣痛が来ず結局促進剤を使っての誘発分娩となります。初めての出産で訳もわからず、産婦人科の先生を信じてクリスマスに入院しました。
朝は「キリスト様と同じ誕生日かしらね」なんて呑気なことを言っていたのですが、点滴を続けてもほとんど陣痛が来ず・・・午後になってようやく少し陣痛が起こってきました。定期的に襲ってくる経験したことのない痛みに耐えるため、体力がどんどん奪われていきます。「
いつ産めるんだろうか・・」と不安になった夕方頃、先生が「まだ子宮口が開かないね。この様子だと夜中に生まれることは無いと思うので、また明日の朝から点滴をしましょう。」と。「まさか、今日中に生めないなんてことがあるのか!なんてことだ!」と目の前が真っ暗になりました。夕食も食べる元気はなく、夜中も思い出したように時々襲ってくる腹痛のため、うつらうつら眠ったり眠らなかったりで、ただ時が過ぎていきました。
翌朝、9時から点滴を開始しました。「昨日とは違う薬を入れますので、頑張って今日は産みましょうね!」と看護師さんが励ましてくれます。こちらはすでにぐったり。お願いだから、今日中に生まれてくれ・・・と力なく神に祈りました。
点滴を入れてからしばらくして、昨日とは全然異なる猛烈な痛みが襲ってきました。それもかなり定期的にきます。もはや痛みに耐えることに全神経を集中し、何分おきに陣痛がきているのか見る元気もありません。「とにかく早く産みたい・・」ただそれだけを目指して最後の力を振り絞ります。
その状態が2、3時間続き、ちょうどお昼を過ぎた頃、助産師さんに「そろそろ分娩台へ行きましょうか」と言われます。「やったあ!やっときた!今日は産めるんだな」と元気が湧き出てきます。そこからはどれくらい時間が経ったのかわかりませんが、分娩台にのぼっても赤ちゃんは簡単には出てきてくれず「頭が出てきてます!頑張って!」「いきんで!」とドラマのような時間が流れました。
その時先生が「時間がかかりすぎてる。胎児が心配だ。母体も弱ってきているから早くした方がいい。」と助産師さんに指示している声が聞こえてきました。そしてちょうど他の部屋で行われていた帝王切開の手術が終わったのか、スタッフの方が4、5人ほどバタバタっと走ってきてくださったのです。
そして私のお腹の上を左右から2人の助産師さんが一生懸命押してくれました。「こんなにたくさんの人が手伝ってくれているのだから、頑張らねば!」とどこからかパワーが湧いてきて、そこからは無我夢中でした。気がついたら無事娘が誕生していたのです。
産声を聞くまでに少し間があり、「大丈夫かな?」と思ったものの、その後は元気に泣いてくれました。我が子が無事誕生したことに安心したのも束の間、一番最初に思ったことは「やっと終わった。これで陣痛から解放される・・」という安心感でした。
立ち会った夫は目に涙を浮かべていましたが、産んだ身としては正直なところドラマで見るような感動的な気持ちはなく、とにかく乗り切った自分を褒めてやりたいというものでした。そして、全人類がこの出産という命懸けの出来事を経て存在しているという事実に今更ながら驚き、全ての母親に畏敬の念を覚えました。
朝食も昼食もまともに食べられなかったので、その後助産師さんがおやつを持ってきてくれました。その時に食べたプリンほど嬉しくて美味しいものはそれより前にも後にもなく、死ぬまで幸せな食べ物の記憶として残るのだと思います。
そんなこんなで第一子の出産では、その壮絶さにすっかり参ってしまいました。そのため、第二子は無痛分娩で産んでみようという気になったのです。(続く)

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